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広島高等裁判所 昭和50年(ネ)232号 判決 1976年4月21日

控訴人(選定当事者、選定者は末尾添付目記載のとおり)

田中誠

外六名

被控訴人

財団法人学徒援護会

右代表者理事

平間修

右訴訟代理人

宗政美三

外一名

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は、一、二審を通じ、その八分の一を控訴人らのその余を被控訴人の負担とする。

事実

一、申立

控訴人らは、主文一、二項同旨及び「訴訟費用は、一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

被控訴人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人らの負担とする。」との判決を求めた。

二、主張と証拠関係

当事者双方の主張及び証拠関係は、次に付加するほか、原判決事実摘示のとおり(但し、原判決三丁表二行目、同三行目、同八行目、五丁表二行目「被告ら」とあるのをいずれも「控訴人選定者ら」と改める)であるから、これを引用する。

1  被控訴人の主張

原判決末尾添付物件目録記載の建物(以下本件建物という。)は、現存しない。すなわち、被控訴人は、控訴人選定者らを相手とする広島地方裁判所昭和四五年(ヨ)第四三二号事件の仮処分決定により、昭和四五年一一月二二日本件建物明渡の執行を行い、その直後これを取毀した。

本件は、右仮処分の本案訴訟であり、右仮処分執行による仮の履行状態、執行後の事実の変化は、これを斟酌することなく、本案請求の当否が判断されるべきである。

2  控訴人田中、同杉浦、同八木の主張

本件建物が被控訴人主張の日に滅失したことは、認める。

理由

本件建物が現存しないことは、被控訴人の自陳するところであるから、その所有を前提とする本訴請求は理由がない。

尤も、弁論の全趣旨によれば、被控訴人は控訴人選定者らの全員あるいは一部を相手として、本件建物の所有権に基く明渡請求権を被保全権利とし、その明渡を求める仮処分を申請し、その旨の仮処分決定(広島地方裁判所昭和四五年(ヨ)第四三二号事件)を得、その主張の日にその執行として、本件建物の明渡を受けたうえ自ら取毀したことが窺われる。

ところで、仮処分債権者に仮の満足を得させる仮処分によつて目的物たる建物の明渡がなされたことが被保全権利たる明渡請求権の存否に影響しないことは仮処分の性質上明らかであるが、右建物滅失のような仮処分の目的物につき、仮処分執行後に生じた事実状態の変化は、本案審理においてこれを無視すべき限りでない。その理由は次に述べるとおりである。

1 およそ民事訴訟は、弁論終結時における権利ないし法律関係の確定を目的とするものであつて、係属中に訴訟物たる権利につき目的物の滅失その他の権利消滅原因が生ずれば、請求はそのまま維持することができないものである。このことは、本件建物滅失のように、仮処分執行後に生じた事実状態の変化についても同様であつて、たまたま明渡の仮処分執行後に火災等により目的物が滅失し、或は本件のように仮処分債権者がこれを取毀したことにより右事実状態の変化が生じたものであるとしても、訴訟係属中仮処分の介在なくこの種事態の発生を見た場合とその取扱いを異にすべき何らの理論的根拠をも見出しがたい。更に言及すれば、右明渡の仮処分が事実上取毀を予定してなされたように見られる場合(たとえば、申請理由において取毀の必要を主張している場合等)においても、法律的には取毀を明渡の仮処分の執行自体とは同視し得ないから、同様の結論に導かれるものと解すべきである。(ただし、このような仮処分を許すことの当否は別問題である。)

2尤も、仮執行の場合は、仮執行の結果やその後に生じた事態はこれを顧慮することなく、請求の当否を判断すべきものと解せられる。すなわち、仮執行制度は、請求の目的たる権利自体の判決確定前における先行的実現を許すものであつて、権利実現を終局の目的とする民事訴訟において、権利実現後の目的物の事実状態はこれを顧慮する必要がないのである。制度的に見ても、この場合、なお異議又は上訴審による原裁判、ひいてはその仮執行による権利実現の当否に対する審判を予定しているのであるから、異議又は上訴審においては、仮執行のなされた事実又は仮執行後の事実状態の変化を顧慮し、その故をもつて実現すべき権利はもはや存しないとすることは許されない。民事訴訟法一九八条二項は右法律を前提とするものである。

3仮処分命令も、その未確定の状態において執行力を付与せられていることにおいては、仮執行宣言付裁判と同様であり、保全訴訟手続の枠内では、2に述べた理論があてはまる。従つて、満足的仮処分命令に対する異議又は上訴審においては、仮処分執行の結果並びに執行後の事実状態の変化はこれを無視すべきである。

しかし、仮処分執行の本案審理に対する関係は、右と同様といえない。保全命令の執行によつて形成されるものは保全状態であり、本件のように、いわゆる満足的仮処分にあつても、その執行により被保全権利自体が実現されるものではなく、被保全権利の実現と事実上同一または類似の状態が形成されるに過ぎない。そして、本案訴訟は、あくまでも本案請求の当否の判断を目的とするものであつて、仮処分命令ないし執行の当否を審判の対象とするものではないからこの種仮処分を仮執行と同視することはできない。

4仮に、反対の解釈を採つて、目的物の滅失を顧慮することなく本案請求の当否を判断するとしても、本件のような建物明渡請求においては、建物が現存しない以上本案判決がその判決内容に即した効力を有することはあり得ず、口頭弁論終結時において建物が現存すると仮定した場合における明渡請求権の存否を確定する効力を有するに過ぎないと解される。もとより、右のような効力を有する判決も、それが許されるとするならば、関連する紛争についての前提問題を確定する点において、決して無意味であるとは言えないが、このような前提問題を確定するためのみの請求は現行民事訴訟法は原則としてこれを認めていないのであり、もしこれを許すとすれば、同様の利益は訴訟係属中目的物が滅失した場合一般に認められるのであるから、何故に満足的仮処分の介在する場合にのみ、それが許されるのかについての合理的説明に窮する筈である。

したがつて、本件建物が現存しないのが、前記仮処分執行後に取筈されたことによるにしても、右仮処分当事者の関係においても、本件建物の所有権を前提とする本訴請求を失当とすべき結論は左右されない。なお、被控訴人の引用する最高裁判所昭和三一年(オ)第第九一六号同三五年二月四日判決は事案を異にし、本件に適切でない。

よつて、原判決を取消して被控訴人の本訴請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九〇条(第一審広島地方裁判所昭和四四年(ワ)二七八号事件の請求につき)を適用して主文のとおり判決する。

(胡田勲 西内英二 高山晨)

選定者目録<省略>

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